事業承継で引き継ぐのは、株式や設備だけではありません。売上を支える取引先との関係も、計画的に引き継ぐ必要があります。
事業承継の準備というと、株式の移し方や税金、後継者の育成が話題の中心になりがちです。けれども、承継のあとに売上を左右するのは、主要な取引先との関係が続くかどうかです。
このコラムでは、取引先との関係が引き継ぎにくい理由、引き継ぐべき3つのもの、交代の前から進める5つの手順を整理します。
取引先との関係が引き継ぎにくい理由
関係が、社長個人に結びついている
長く続く取引の多くは、社長と取引先の役員や部長との信頼の上に成り立っています。その信頼は社長個人に向けられたもので、社長が替われば自動的に後継者へ移るわけではありません。
大事なことが、書類に残っていない
取引の始まりの経緯、値決めの考え方、トラブルのときに交わした約束、取引先の社内事情。こうした情報は社長の頭の中にあり、どこにも書かれていないことがほとんどです。
交代の直前まで、後継者が表に出ない
社長交代の挨拶回りで、初めて後継者が取引先の主要な方に会う。このやり方では、取引先から見れば、よく知らない相手に取引を任せることになります。
3つに共通するのは、関係が会社のものになっておらず、社長個人のものになっていることです。
引き継ぐべき3つのもの
| 引き継ぐもの | 中身 | 残し方 |
|---|---|---|
| 人のつながり | 取引先の誰が何を決め、自社の誰とつながっているか | 取引先ごとのインフルエンスマップ |
| 取引の経緯と約束ごと | 取引の始まり、値決めの考え方、過去のトラブルと取り決め | 取引先ごとの引き継ぎメモ |
| 取引先のこれから | 取引先の今後の計画、困りごと、自社への期待 | 定期的な訪問の記録とアカウントプラン |
このうち、書き出せば済むのは2つ目までです。3つ目の取引先のこれからは、後継者自身が取引先から直接聞かなければ手に入りません。
交代の前から進める5つの手順
関係の引き継ぎには時間がかかります。社長交代の時期が決まったら、できるだけ早く次の手順を始めてください。
手順1:引き継ぐ取引先を選び、関係を書き出す
売上の大きい取引先、利益を支えている取引先から、優先して引き継ぐ取引先を選びます。取引先ごとに、先方の誰が何を決め、自社の誰とつながっているかを一枚の図に書き出します。社長しか会っていない相手が、引き継ぎの最優先です。
手順2:経緯と約束ごとを書き残す
社長に話を聞きながら、取引の経緯や約束ごとを取引先ごとにまとめます。社長一人で書くと抜けが出やすいので、後継者や営業担当が聞き手になり、社長の言葉をそのまま記録するのがおすすめです。
手順3:後継者が同行し、主要な方に紹介してもらう
社長の訪問に後継者が同行し、取引先の主要な方に紹介してもらいます。一度の挨拶ではなく、何度も顔を合わせることで、取引先にとって後継者が知っている相手になっていきます。
手順4:後継者自身が、取引先の課題を聞いて提案する
紹介してもらうだけでは、関係は先代のものを借りている状態です。後継者が取引先の今後の計画や困りごとを聞き、自分で提案する場をつくります。関係を受け継ぐのではなく、後継者がつくり直すことが、引き継ぎの本当のゴールです。
手順5:交代のあとも、先代が一定期間支える
交代したあとしばらくは、先代が相談役として取引先との場に同席できるようにしておくと、取引先も安心します。ただし、先代が前に出すぎると、取引先はいつまでも先代に話を持っていきます。窓口は後継者だと、社内外にはっきり示します。
よくある失敗
- 交代の挨拶回りだけで済ませる:形式的な挨拶では、関係は移りません。交代の前から、後継者が取引先と仕事の話をする機会を重ねます。
- 先代が関係を手放さない:先代が窓口を続けると、取引先の相談はいつまでも先代に向かいます。引き継ぐ取引先と時期を決め、計画として共有します。
- 後継者を窓口の担当者とだけ会わせる:決める立場の方に会わないままだと、取引先の方針が変わったときに対応できません。インフルエンスマップで、会うべき人を確かめます。
よくある質問
- 後継者が若く、取引先の担当者が年上ばかりです。どう関係をつくればよいですか?
- 最初から先代と同じ関係を目指す必要はありません。後継者が取引先の課題を聞き、小さくても役に立つ提案を重ねることで、後継者自身の信頼ができていきます。年齢の近い、取引先の次の世代の方と接点を持つことも大切です。
- 取引先との関係を、社長ではなく古参の社員が持っています。どうすればよいですか?
- その社員の方の協力が、引き継ぎの鍵になります。関係を書き出す作業を一緒に進め、後継者や若手の社員を取引先に紹介してもらう段取りを、本人の役割として明確にしておきます。
- 取引先の側でも、代替わりが起きています。
- 両社で同時に世代が替わる場合は、むしろ新しい関係をつくる機会です。取引先の後継者の方が何を変えようとしているかを聞き、これからの取引の形を一緒に考える場を設けます。
この記事を書いた人
奥村 司 Hubright 代表/中小企業診断士・事業承継士
IT企業で大手企業向けの営業に携わり、取引先ごとの攻略方針とチームでの提案によって取引を拡大してきました。その手法をもとに、中小企業の主要取引先との関係づくりと、営業の仕組みづくりを支援しています。
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